circumstance evidence

状況証拠 – ヤザキユウイチ

ニューヨーク1ヶ月の旅:ビッグフィッシュ

Posted on | 2013-05-19 | no comments

Sandyの二日後に撮影した写真

百年に一度のハリケーンSandyがニューヨークに上陸する前夜、AirBnBで手配したコンドミニアムにいた。白人系の女の子6人と一つ屋根の下に泊まるという非日常的な状況で、トイレの音も全部聞こえる女子寮状態。居心地の良さと悪さの同居した嵐の夜。どこにも出かけることもできない手持ち無沙汰を埋めるためにカウンターテーブルにみなで横並びでラップトップでティムバートンのビッグフィッシュを観たのだった。

映画のストーリー | MovieWalker

(以下は映画の感想ではなく、そこから派生した思考の散文です。)

物事は一面的ではないしコミュニケーションも同様。お互いに異なるベクトルを持ち、どちらがその間のエネルギーの変化を引き受けるのかの複雑系バランスゲーム。

「優しい」というのは「自分にとって都合がいい」の言い換えじゃなくて、自分のことよりも相手がより良くになるためには自分はどう行動したらよいかを常に考えつづけること(恋愛に限らず)。言い換えるといかに「その間のエネルギーの変化を引き受ける」ことができるのかということ。

「日本の神託カード」をひいたら那智の滝がでてきた。執着しているものから自ら手を離してすべてを流して捨ててしまえと。そしてたとえば自分も滝のようになろうとするのなら、動き続けることで淀むことなく透明でいられるということだし、人の発する言葉や行動はそれだけを瑣末に捉えるのでなく、その人の世界観、何がその人をそうさせているのか、その瞬間の自分の気持ちにとらわれずに、それそのものを、それそのものとして、捉えられるようなるのではないだろうか。難しいけれど。

自分にとっての「普通」をいかに広げるか。自分のいる環境によって規定されるものから思考や行動を限定されないようにするのは大変なこと。よく「自分探し」とか逆に「探す自分なんてない」とかいう話があるけど、色んな人と会話したり、色んな状況に自分を置いてみたら、そこで引き出されるものは自分の一部だろうし、そうやって自分にとっての「普通」のキャパシティを広げていくのが大事なんじゃないかと思ってる。

自由に丁寧に生きて自分の物語を作っていけたらどんなに素敵だろう。そのことに気づく経験ができてとても感謝している。「東京で」+「仕事しながら」だとその機会はなかなか得難いようにも思えるので、旅行というフォーマットにその機会を求めてる。

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